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2010年01月30日(土)

出勤土曜日で試験だ [Uni/study]

『芸術の理論と歴史』の試験。
とりあえず、後半allマッピング。その分前半は忘却の彼方な気がして不安で不安でふぁんたすてぃっく><
で、前半、いちおすべて通読、もうこれ以上今日はやれる事ナシ。

わりと感触よし^^

Posted by yuri at 00時00分   パーマリンク

2010年01月24日(日)

図書館にて [Uni/study]

芸術理論の追い込み勉強。
ちょっと恥ずかしい?けどマッピングで。
マネって人、好きだなあ〜(謎)

Posted by yuri at 00時00分   パーマリンク

2009年11月29日(日)

地中海、論じてみた [Uni/study]

 ミュケナイ時代のオリエント的専制王政が前1200年頃崩壊。その後の混乱期を経て、前8世紀オリエントに近い地域で『農耕市民の戦士共同体』としてのポリスが誕生する。それは豪族と民衆の協調関係にある共同体的村落が良い場所に集住し大集落を建設したもので、城壁に囲まれた中心市と村落群の田園部からなる。これがアテナイにおいては王の統率によりなされる。王権分化後、貴族と平民の間に対立が始まり、それを収束する形で僭主政となるが続かず、前508年のクレイステネスの改革で、デーモス中心の国政運営、陶片追放等の民主政の枠組が創出される。第二次ペルシャ戦争には海軍主義のもと下層市民も参戦し、彼らが国政参加した事により更に自主的な民主政が実現した。
 ペルシア戦争後の『デロス同盟』においてアテナイはその盟主として勢威を誇り、ギリシア随一の富裕国家となるが、国内では民主と平等の希求、対外的には帝国主義的行動が顕在化する。また、ペリクレスの市民権法の成立により市民身分を閉鎖した。
 これに対してオリエントのアケメネス朝ペルシャは、中央集権体制による帝国支配であるが、広大な領域を寛容な支配体制で治め、国際共通語を採用して諸民族間の交流を実現し、新しい世界文化を形成した。

Posted by yuri at 00時00分   パーマリンク

2009年11月28日(土)

ひっさびさに [Uni/study]

画像(160x120)

PowerBookとmiにお世話になり中。
文章をあれこれ考えたりするにはやっぱりノートがいいのかなあ?

地中海だけがまだ出来ないッ><

Posted by yuri at 00時00分   パーマリンク

2009年10月03日(土)

09年2学期 初がっこ〜 [Uni/study]

へ行ってきた。
ウチから10km少しなので散歩な感じ^^;
往路は殆ど登りで復路が殆ど下り、ちょっと極端コースだなあ。
もう少し気持ちのよい遠回りルート考えよう。

Posted by yuri at 00時00分   パーマリンク

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